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清河八郎人物図鑑
清河八郎の手紙・書


◎父への手紙〜そのとき、「子」は・・・ 

 文久3年(1863年)2月、八郎は浪士組を率いて京都に上り、朝廷から攘夷決行の勅諚(命令)を賜る。3月28日に江戸へ戻った八郎は、4月15日をもって横浜で攘夷決行を計画。この手紙はその三日前、寸暇を惜しんで山岡鉄太郎邸で記したもので、翌13日、八郎は凶刃に倒れた。
 
■暗殺される前日、山岡邸で記す
原  文
現 代 語 訳
 久しく尊意を得ず候えども、ますますご台祥南山奉り候。先月二十八日恙なく帰府、その後速やかに書状差し上ぐべくと存じ候えども、何分多用はなはだしく、弟より一書差し上げ候はず也。小子事も変わりなく、至って壮健に罷りあり候。ご安意くださるべく候。道中往来とも首尾よく、古今未曾有の勢いにて御座候。在京中とも国事につき、千万無量筆紙に尽くし難く、浪士一條にては善悪とも小子および山岡のみに相かかわり候ため、関西の浪士、この方どものお召し出しに相成り候事、しかと存じ申さざるため、議論大沸騰、いくたびも危難に迫り候えども、もとより正大公明の心事相期し候ため、何事もわけなく氷解、まずもって無事に帰府仕り候えども、とかく不如意のことのみ多く、しかしこの方名前はすこぶる高く相成り候ため、何につけてもこの方身分のみ申し唱えられ、ほとんど当惑仕り候えども、まずもって高名のうえは是非なく候。国屋敷にては、いまもってこの方こと、かれこれ申しおり候由、未だわが精神のいたらざるところか、是非に及ばず、時あらばそのことも明白に相成り申すべく候。元来、身を国のためになげうつ所存に候えば、さようのことは少しも懸念仕らず、実に数年来寝食を忘れ殉国に仕り候えども、時勢のしからしむるところ、とかく正義のものは存分相撤し申さず困り入り候えども、もはや時節到来と申すことゆえ、遠からず戦争に相成りべく、将軍家は在京にて、水戸公攘夷のため一昨日罷り下り候えども、これをもってはかばかしくこれあるまじく、とかくこの節は浪士のみ評判にて、小子などはひとかたならざる噂に御座候。これもよんどころなく候。大松氏もよほど働き、この方などのこと、よく存じおり候。愚弟もことのほか盛んに相成り、諸人にはなはだ用いられ候様子ゆえ、このうえは是非に及ばずこのほうにとどまり申すことに御座候。兄弟ともに国事に身命を献じ候わば、先祖の美は申すに及ばず、国家に誉れにも相成り申すべく、何事も天運とあきらめ、けっしてご案じ下さるまじく、時あらば拝領を得べし。ただただ大寿長久に遊ばされよう、ひとえに祈り奉り候。時勢など委細申し上げたく候えども、なかなか筆紙に尽くし難く、それぞれ噂もこれあるべく、家内の衆も安堵いたし候よう仰せ下さるべく候。この末、国家のためいかがに相成り候も計り難く候間、荷物等は残らず山岡および高橋に預けおき申し候。著述ものは羽州上ノ山城主、松平山城守御守、金子与三郎に預けおき候間、上ノ山官庫に収めおくはずに御座候。すべてかく多端に相成り、何事も細事にかかわりかね候間、死してのち論定まるべく、今に至ってさらに余念これなく候。在京当時高名有志に認めさせ候短冊、扇類一包さし上げ申し候。いずれもたいせつにあそばさるべく候。笹原にしかるべく御礼下さるべく候。
 この節、国屋敷にては、この方をいかに思いおられ候や、なにぶん私意撤し申さず、さぞご案じなされ候わん。なれども、かく噂高のうえは虚実ともに一身に相期し、諸人の口はふさぎ難く候。実に在京までの苦辛と在京中の心配、かたがたことごとく申し上げたく候えども、筆紙及ばず、しかし、声名を天下にとどろかす正大の処置につき、いかほど虚説の危難にあい候ても、たちまち相解け申し候。嫉妬讒義のもの天下に満ち候えども、小人どもは、さもあるべく、真の精神君子のものは、ことごとく相結び候間、何事も驚くところこれなく、正気渾然終始如一に相勤め申し候間、いささかもご案じ下さるまじく候。母上にもこの段よろしく仰せ下さるべく候。人間の運も限りあるものゆえ、古今未曾有の次第に相成り候うえは、さらに残るところこれなく候。いよいよ攘夷のことにて私どもも罷り下り候えども、なにぶん太平の余弊にて存分参り申さず候えども、いずくまでも徹底いたし候よう苦心仕り候。在世のうちは、とかく論の定まらぬもの、蓋桶のうえは積年の赤心も天下に明瞭相成り申すべく候間、たとい、いかようの噂これあるとも、けっしてご心配なさるまじく候。母上の御身いかが御座候や、このごろは一向に書状も相見え申さず、これも是非に及ばず候。ただご堅固におしのぎお遊ばされ候わば、大幸これにすぎず候。右早々大乱書、なお時あらば書状さい上ぐべく候。
頓首々々

 四月十二日
               清河八郎正明
   斎藤治兵衛様
    母  公  様

 時節は、わざと申し上げず候。ただ去年より申し上げ候とおり、ご用心遊ばさるべく候。
 長い間お会いしていませんが、ますますご壮健のことと思います。先月二十八日無事江戸に帰着、早速手紙を書こうと思ったのですが、多忙をきわめたため、弟(熊三郎)から手紙があったはずです。私は変わりなく、至って元気ですのでご安心下さい。(浪士組は)京都までの往き帰りともにうまくいき、古今未曾有の勢いです。京都滞在中は国事にいそしみ、手紙に書き尽くせないほど感慨無量なものがあります。浪士組に関しては良いことも悪いこともすべて私と山岡(鉄太郎)の責任です。関西の志士たちは、われわれが朝廷から直接命令を受けたことを知らないため、議論が大沸騰し、私は何度も命を狙われるなど危険にさらされましたが、もとより公明正大な気持ちで事に当たっているため、われわれの疑念はわけもなく氷解し、まずもって無事に江戸に帰ってきました。ともあれ、不本意なことも多いもので、私の名声がとても高まり、立場も重きをおくようになり当惑しているところですが、まあ高名になることは悪いことではありませんね。庄内藩など国元では、いまだに私のことをあれこれ言っているようですが、私自身のいたらないところでしょうか、時が経てばいずれすべてが明白になるはずです。もともと身を国家のためになげうつ覚悟ですから、そのような些細なことは心配しておりません。実に数年来、寝食を忘れ国家のために尽くしてきていますが、時勢の必然、「正義」はなかなか撤することのできないもので困ったものですが、ついに時節到来、遠からず戦争になるでしょう。将軍家は今、京都のおり、一昨日、水戸公が攘夷のため江戸に戻ってきましたが、ここにいたってはかばかしくなく、現在は浪士組のみが評判を呼び、私などは大変な噂にのぼっております。弟・熊三郎もたいへんな勢いで、さまざまな人に重用されています。兄弟ともに身命を国家に捧げれば、ご先祖様にとっても美徳となり、国家の誉れになります。何ごとも天運とあきらめ、ご心配しないで下さい。いずれ時が来ればお会いできます。とにかく大寿長久をお祈りいたします。世の動きなど詳しくお話したいところですが、なかなか筆を持つ時間がなく、私の悪い噂もいろいろありましょうが、家人には安心すようにおっしゃってください。今後、国家のために働いて何があるか分かりませんので、私の荷物などは残らず山岡(鉄太郎)および高橋(泥舟)に預けておきます。私の著述したものは羽州上山城主・松平山城守殿御守の金子与三郎に預けておきます。上山官庫に置いておくはずです。とても多忙なため、細事にはかかわっていられません。人間は死んだ後に論が定まるもので、今はただ働くのみです。京都にいたときに、高名な有志に書いてもらった短冊、扇類を一包みにして差し上げます。大切にして下さい。労をとる笹原にもお礼をお願いします。
 お国では私をどのように思っているのでしょうか。私意が徹底せず、さぞご心配のことと思いますが、このように噂ばかりが高く、嘘の入り乱れた諸人の口を塞げるものではありません。実に京都に至るまでの辛苦、在京中の苦労、そのすべてを申し上げ伝えたいところですが、手紙に書きつくせるものではありません。しかし声明を天下に轟かせ、忠いいことを行っていれば、どれほどの虚説が流れようとも、すぐに誤解は解けることでしょう。そしりや妬みが満ち溢れていますが、志の小さい人はそんなもの、真の志を持った君子はことごとく団結しております。何事にも動ぜず、正気毅然、終始如一の精神で事に当たっておりますので一切ご心配には及びません。母にもこのことをよろしくお伝え下さい。人間の運は限りのあるものです。古今未曾有のこの激動の時代ならなおさらのこと。いよいよ攘夷のために江戸に戻ってきましたが、太平の世が長く続きすぎたため、存分にというわけにはいかないかもしれませんが、ともかく徹底的に働くよう苦辛しております。生きているうちは論が定まらないもの、棺桶に蓋をするときには長年の赤心(天皇への忠誠心)も天下に明瞭になることでしょう。たとえどんな噂があろうとも、決してご心配しないで下さい。母様のお体はいかがでしょうか。このごろはさっぱり手紙も頂けず、これも栓ないことですね。ただ、お元気でお過ごしならば、これにまさる大幸はありません。右、早々乱筆、時間があればお手紙差し上げます。頓首頓首

 四月十二日
                  清河八郎正明
  斎藤治兵衛様
   母  公  様

 現在の政治状況に関してはあえて申し上げません。ただ去年から申し上げているように、一大変動があります。ご用心して下さい。
 

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